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和歌山地方裁判所 昭和51年(ワ)51号 判決

原告

田畑眞佐子

被告

株式会社豆徳

ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金一、〇八九万三、〇〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告株式会社豆徳、同坂本和己)

1  原告の右被告両名に対する請求は、いずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(被告山口昌平、同山口泰夫)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四七年一二月一八日午後二時三〇分ころ、被告坂本和己の運転するタクシーに客として乗車中、和歌山市北ノ新地一番地の交差点において、東から西に進行してきた被告山口昌平の運転する普通乗用自動車(以下「山口車」という。)が、西から東へ進行中の右タクシーの直前を右折北進したため、両車が衝突しそうになり、これを避けるため、被告坂本和己が急ブレーキをかけたので、原告は、そのシヨツクを受け、右タクシー内で横転し、全治三七か月の安静加療を要する傷害を負つた。

2  被告坂本和己には、右折中の山口車を発見したにもかかわらず速度を落とさず漫然と進行した過失があり、被告山口昌平には、赤信号を無視し、前方注視義務を怠り、右タクシーの直前を横断した過失があり、右両名の過失が関連共同している。

3  被告株式会社豆徳は、被告坂本和己の使用者であるから、本件事故につき、民法第七一五条の責任を負い、被告山口泰夫は、山口車を所有する運行供用者であるから、本件事故につき、自動車損害賠償保障法第三条の責任を負うものである。

4  原告は、本件事故当時、「阪和不動産」の名称で宅地建物取引業を、「ききよう」の名称で風俗営業、飲食業を、「田畑結婚相談所」の名称で結婚相談所を経営し、又はその準備を整えていた。原告がこれにより得たであろう事業収益は、平均月収約四〇万円であつたが、本件事故により、右各事業に専念することが不可能となり、次のとおり、金九〇九万三、〇〇〇円の財産的損害を受けた。

(1) 原告が本件事故から、昭和四八年九月七日の、別件交通事故発生までの八か月間、本件事故による傷害の治療のため右平均月収を得られなかつたことによる逸失利益は、金三二〇万円である。

(2) 原告は、右期日及び同年一二月三日に別件交通事故にあい、全治まで更に二八か月の加療を要したが、この二八か月間、右平均月収を得られなかつたことによる逸失利益は、金一、一二〇万円の半額である金五六〇万円である。

(3) 原告は、本件事故の発生した昭和四七年一二月一八日から、治ゆに至る昭和五〇年七月一〇日まで一回平均一、〇〇〇円で計二九三回の通院にタクシー代金二九万三、〇〇〇円を支出した。

5  原告は、昭和四八年四月一五日から、近畿大学法学部の通信教育生として勉学中であり、採来はこの方面の職業を希望していたのであるが、本件事故により、三か年ほど受講が事実上無理であつて右勉学を中断せざるをえなくなり、多大の精神的苦痛を受けた。右苦痛に対する慰藉料としては、金一八〇万円が相当である。

よつて、原告は、被告らに対し、連帯して、金一、〇八九万三、〇〇〇円の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告株式会社豆徳、同坂本和己)

1  請求の原因第1、2項中、原告が、その主張の日時場所において、被告坂本和己の運転するタクシーに客として乗車していたこと、山口車が右タクシーの進路前方を横断したこと、被告坂本和己が、右場所において、ブレーキ操作したことは認める。その余はいずれも否認する。本件事故当時、被告坂本和己は、右折中の山口車を早くから発見し、徐行しており、時速約一〇キロメートル前後であつたから、急ブレーキを踏んだという状況はなく、原告が車内で横転したこともない。したがつて、原告が全治三七か月の重傷を負うことはあり得ない。

2  同第3項中、被告株式会社豆徳が、被告坂本和己の使用者であることは認める。

3  同第4項中、原告が飲食業を営んでいたことは認める。その余はいずれも不知

4  同第5項については、不知

(被告山口昌平、同山口泰夫)

1  請求の原因第1、2項中、原告主張の日時場所において、山口車が右折したことは認める。その余はいずれも否認する。本件は衝突していないから、負傷するはずがないし、仮に負傷したとしても軽微である。原告は、この種の事案を数次にわたつてひき起して賠償請求をしてきた経歴がある。

2  同第3項中、被告山口泰夫が山口車の所有者であることは認める。

3  同第4、5項については、いずれも不知

三  抗弁(被告四各)

原告は、本件交通事故につき、自賠責保険から各六六万円(後遺症分を含む。)ずつ受領した。

四  抗弁に対する認否

認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件交通事故の発生について検討するに、原告が、昭和四七年一二月一八日午後二時三〇分ころ、和歌山市北ノ新地一番地の交差点において、被告坂本和己の運転するタクシーに客として乗車していたこと、同所において、山口車が、右タクシーの進路前方を横断したこと及び被告坂本和己が右場所においてブレーキ操作したことは、原告と被告株式会社豆徳(以下「被告会社」という。)、同坂本和己との間において争いがなく、右日時場所において、山口車が右折したことは、原告と被告山口昌平、同山口泰夫との間においては争いがないところ、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一号証、原告署名部分の成立につき、原告と被告会社、同坂本和己間に争いなく、かつ、その余の部分の成立については、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二号証、原告署名部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ、その余の部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき丙第四号証、いずれも被告山口昌平、同坂本和己の署名部分については、右両名の本人尋問の結果により真正に成立したものと認められ、その余の部分の成立については、いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第三ないし第六号証、丙第五、第六、第一二、第一三号証、被告坂本和己、同山口昌平の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右日時に、被告坂本和己の運転する被告会社の普通乗用タクシーが、原告を左後部座席に乗せ、東進して同交差点にさしかかつたが、その際、被告坂本和己は、右交差点の手前から、山口車が右折しかけていることに気づいていながら、自車が先行できるものと判断して、そのまま右交差点に、時速一五キロないし二〇キロメートルで侵入したこと、被告山口昌平は、前方注視を怠り、右タクシーに気づかないまま、時速約三〇キロメートルで右折北進し、しかも右交差点中心の直近内側を通過せず、右交差点の北東角の歩道に自車を進行させようと、右中心点の東側を通過し、同交差点内を小廻りして、右タクシーの直前をかすめて横断し、その進路を妨害したこと、そのため被告坂本和己が衝突の危険を感じ急制動したこと(しかし、スリツプ痕はなかつた。)、その際、原告がその衝撃で体が前のめりになり、右タクシーの前部座席背もたれで左手に負傷し、血を出したこと、以上の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

二  右事実によれば、本件当時、被告坂本和己には、山口車を発見したにかかわらず漫然と進行した過失があり、被告山口昌平には、前方注視義務を怠り、右タクシーに気づかず、かつ、交差点中心の直近内側を通過せず、右中心点の東側を通過して、右タクシーの進路を妨害した過失があり、右両名の過失が関連共同して原告の負傷が発生したのであるから、民法第七一九条により、右両名は、原告に対して、各自、原告が被つた損害を賠償する義務を負うものである。

三  請求の原因第3項については、被告会社が、被告坂本和己の使用者であることは、原告と被告会社間において争いがないから、被告会社は、原告の損害につき、民法第七一五条の責任を負い、被告山口泰夫が、山口車の所有者であることは、原告と被告山口泰夫間において争いがないから、山口泰夫は、原告の損害につき、自賠法第三条の責任を負うものである。

四  次に、原告の負傷について検討するに、いずれも成立に争いのない乙第七、第八号証、丙第七、第八号証、いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第九号証、丙第一四号証、いずれも弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三号証の一ないし三、同第四号証、同第五号証の一ないし三、同第二九号証、証人三浦壮平の証言、原告、被告坂本和己、同山口昌平の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故の直後、和歌山市友田町二丁目二八番地の中村整形外科・外科病院において、左三、四、五指挫傷、頸部挫傷で一週間の加療が必要と診断されたこと、右病院では、約一週間経過後、原告の右傷害はいずれも治ゆしたものと診断したこと、ところが、原告は、後述の別件交通事故にあつたこともあつて、その後も約二年間の長期にわたり、右傷害のうち頸部挫傷の治療のため同病院へ通い続け、初診から昭和四八年六月六日までに九七日、同月七日から翌四九年三月一五日までに八七日、同月一六日から同年一二月二四日までに一〇〇数日にわたり、注射、投薬等の治療を受けていること、その間、原告は、頸椎部の疼痛、両肩の放散痛、重いものを上げたときの右上肘のしびれ感、舌のもつれ、曇天・雨天時の頭痛、物事に熱中できないこと、悪心、嘔吐等外傷性頸椎症(いわゆるむちうち症)に特有の自覚症状を訴えていたが、レントゲン検査等による臨床検査の結果では、右側突に側彎がみられる他は、頸部の骨整列も正常で、さしたる他覚的所見がみられず、原告の自覚症状も一進一退の繰り返しであつたこと、以上の事実が認められる。

ところで、いずれも弁論の全趣旨により成立の認められる丙第一五号証の一、二、甲第一八号証の三ないし五、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故以前の昭和四六年一一月七日、紀和交通タクシーに乗車中、右タクシーが道路から田んぼに後輪を落とし、下腹部打撲の傷害を負つたこと、そのため本件事故のころ、未だ健康が完全に回復していなかつたこと、本件事故の後には、昭和四八年九月七日、湊タクシーに乗車中、右タクシーが側溝に車輪を落とし、頸部捻挫、腰部挫傷のけがをしたこと、更に、同年一二月三日、新和タクシーに乗車中、左胸部打撲のけがをしたこと、以上の事実が認められる。

ところで、本件のように不法行為が時間的先後にわたり競合し、しかも損害が一個であるとみられる場合につき、加害者側に負担させるべき損害については、本件事故の寄与している限度において相当因果関係が存するものとして、加害者に賠償責任を負担させるのが相当であるところ、本件事故の態様をみるに、前記認定のとおり、車両の衝突はなく、原告の乗車していたタクシーのスピードは時速約一五ないし二〇キロメートルで、スリツプ痕もなかつたこと、本件の前後に原告があつた別件交通事故のほうが、その態様が重大で、原告の身体に与えた衝撃は多大であると認められ、特に、昭和四八年九月七日の右事故では、原告が頸部捻挫をしたと診断されていること、原告の症状及び治療経過をみるに、主として自覚的なものが多く、他覚的所見としての裏付けに乏しく、原告の心因的要素が多大に寄与しているとの疑いが濃厚であること、原告が受けた治療については、その全てにつき必要性を否定することはできないが、前記乙第九号証には、病院としては、治療を断ることもできず、原告の気の済むようにシツプ程度の施療をした旨の記載があることに照らしても、その全治療の必要性、有効性については相当疑問があること、原告の本件事故による頸部の傷害は通常のむちうち症程度を超えないものであること、以上の事実が認められるから、これら諸般の事情を考慮してみると、原告の本件事故による治療期間、休業期間を、長くとも本件事故後六か月の範囲においてこれを相当な期間と認め、この間の損害のみを加害者に賠償させることとし、その余は、本件事故と相当因果関係のないものとするのが相当と認める。

五  そこで、原告の損害額につき検討する。

1  逸失利益

いずれも成立に争いのない甲第八号証の一、二、第九号証の一、第一六、第二〇号証、いずれも弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一〇号証、同一七号証の一ないし一三、同第一九号証の一ないし五、同第二一号証の一ないし三、証人三浦荘平の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和四七年五月ころから、肩書住居で、「ききよう」の屋号で飲食店(カフエー)を営んでおり、本件当時、いわゆるマダムとして、従業員(ホステス)二名を使用し、これを経営していたこと、そのころ右飲食業による平均月収は、約二〇万円であつたこと、前記認定とのおり、原告は、本件事故により、その治療のため、約六ケ月間、仕事に専念することができなかつたけれども、右「ききよう」の営業は、従業員もいることであり、原告の受傷後も、右六か月のうちある程度の収益をあげながら営業していたとみられるが、その収益額は不明であること、原告は、昭和四六年一一月ころから、右飲食業のかたわら、「阪和不動産」の名称で宅地建物取引業をはじめ、原告自身は、その取引主任者資格を有せず、右資格を有する菊川千鶴子を雇い、同女に、月々一万五、〇〇〇円を払つてはいたものの、右取引業については収益をあげるには至つてなかつたこと、原告は、田畑結婚相談所の名称でその仕事を昭和四八年六月ころ以後に始めたものであること、以上の事実が認められる。原告が右六か月間全く休業していた旨の田畑福恵及び殿垣内八千代の証明書(甲第三四号証、第六号証の一ないし三)は、証人三浦荘平の証言及び原告本人の尋問結果に照らし、信用できない。

右認定事実に、前記の原告の傷害の程度、治療経過と、本件傷害は、原告が飲食店のマダムとしての仕事をするのに、さして障害となる程度とは思われないが、前記の自覚症状のため原告が不快感を持ち、これが接客業としての性質上、円滑な運営に支障を来たしたこともあつたであろうこと等を考え合わせると、原告は、本件事故以後の六か月間につき、平均月収二〇万円の半分に当る月額一〇万円として、計六〇万円の収益の減少による損害を生じたものというべきである。

弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四号証によれば、原告は、昭和五〇年七月一〇日症状固定し、その際、頸椎の運動痛あり、両上肢のしびれが感軽度、全身倦怠感時々めまいなどある旨の後遺障害の診断を受けたことが認められ、右は、自賠法施行令第二条の別表後遺障害等級表の第一四級に該当するものと考えられる、そうすると、本件事故による原告の後遺症についての逸失利益として、三〇万円の損害を被つたものと認めるのが相当である。

2  交通費

弁論の全趣旨により成立の認められる甲第五号証の一、二によれば、原告は、本件事故から昭和四八年六月六日までに九七日、その後同六月一七日ころまでに約三日、いずれも前記病院に通つていることが認められるが、初診時には被告山口昌平の車で病院へ行つた旨の原告本人の供述があることからも、そのすべてにつきタクシーを利用したものとは認められないが、原告の負傷、症状の程度、通院回数、原告方と前記病院との距離等を考えて、原告の通院に要した交通費としては、五万円の限度において本件事故と相当因果関係にあるものと認める。

3  慰藉料

原告の本件傷害の程度・内容、その治療の経過、原告の営業及び日常生活に対する影響、後遺症の程度、その他本件証拠にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告が、加害者に対して請求しうる慰藉料は、三〇万円をもつて相当と認める。

六  被告らの抗弁について

原告が、本件事故につき、自賠責保険から、後遺症分を含め、各六六万円ずつ受領したことは、当事者間に争いがない。

そうすると、前項で認めた原告の本件事故による損害賠償請求権は、自賠責保険からの右一三二万円の受給により、全部填補されているというべきである。

七  以上の説示により、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川波利明)

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